昨今の流行を模倣したような空間にはしたくありませんでした。流行はやがて廃れますし、飽きが来るのも早いと思ったからです。新オフィスのデザインコンセプトとして掲げたのは、ミッドセンチュリーモダンです。
時間がなくても妥協しない
内装のこだわりと幸運
積極的な行動が引き寄せた必然と偶然
前章まで
レイアウトに関する周到なシミュレーションや全社的な断捨離への取り組みによって、当初の想定よりもやや狭いながらも、理想的な新オフィスに移転できる道筋が見えてきました。
次に取り組むのは、内装やオフィス家具といった細部へのこだわり。そして理想を形にしてくれるオフィス移転に関わる専門業者の選定です。時間と予算が限られているからこそ、その中でも最善の成果を得ようと奮闘するメンバーに、予想外の幸運も降りかかってきました。
社内デザイナーが持ち味を発揮
移転委員会のメンバーは、営業部、開発部、総務部から選抜された各部門の社員で構成されていました。その中でも総務部のメンバーは、日常からデザインの仕事を手がけています。収納アドバイザーの資格も保有し、社内の断捨離プロジェクトも先導しました。
このメンバーは、総務部としての業務と並行して、理想の空間づくりに全力を注ぎました。
「ミッドセンチュリーモダン」とは、1940〜60年代にかけてアメリカで流行したインテリアデザインのスタイルで、直線や曲線を活かしたシンプルで機能的なデザインが特徴です。ウォールナットなどの天然木と金属や樹脂など異素材の組み合わせも多く、温かみとモダンさを兼ね備えたスタイルとして現在も人気があります。
流行に左右されず、社内外の人に長く愛されるスタイルを選びたいというこだわりから生まれた提案でした。明るいトーンのオフィスが最近のトレンドと言えますが、ミッドセンチュリーの持つ普遍的な美しさと素材感を取り入れながら、ダークトーンで統一し、オフィスらしい品格と重厚感を感じられる空間を目指しました。
3Dを通じて対話できる
オフィス移転専門業者との出会い
旧オフィスで象徴的な空間として長く愛されていたのが、来客時にも驚かれるバーカウンター(画像)でした。
入社した時から、あの黒いバーカウンターの重厚感やキリッとした感じが自慢だった。働いていてモチベーションが上がる空間だと思う。
こうした社員の声を踏まえ、新オフィスでもダークトーンを基調とした重厚感のある空間づくりを目指すという方向性がまとまりました。
しかし、当事者だけがイメージできても、移転に関わる他のスタッフや協力業者に伝わらなくては実現できません。ミッドセンチュリーモダンという言葉だけで、理想図を共有できる人はほぼいないでしょう。
実際に設計・施工業者から受けた提案の多くは、明るい色調をベースに、植栽を配置したいわゆる『今風』のオフィスデザインでした。すなわち、メガソフトが目指した方向性とは、大きく異なるものだったのです。
複数の候補からメガソフトが選んだパートナーは、富田商事様(東京都墨田区)。設計・施工から、オフィス移転や内装工事までを一貫して手がける専門業者です。その選定の決め手となったのは、提案までのスピード感と、修正を依頼した後の対応も同じようにすばやいことでした。
一般的にオフィス移転では…
- クライアント側の要望を聞き取ってから、社内に持ち帰ってCADで図面を作成
- 業者からの提案を行う
- 修正の指示や要望を集約する
- 修正内容を反映して再度提案
こうしたプロセスには、再提案までに1~2週間程度かかることも少なくありません。修正回数が増えれば、さらにラリーは伸びてしまいます。
しかし富田商事様もまた3Dオフィスデザイナーを使用していたため、最短で1日、平均3日ほどで修正案を提示できる機動力がありました。通常の流れと比べると、3倍以上も早いスピードでディスカッションを重ねられることになります。
また、そもそもメガソフトが3Dオフィスデザイナーで作成した図面を持ち込んだことで、ゼロから説明する必要もなくなりました。双方が同じツールを使うことで「ここをもう少し右に」「この色をダークトーンに」といった細かな調整も、リアルタイムで確認しながら進めることができました。
3Dオフィスデザイナーは言わば “共通言語” です。使用されていない業者様と比べて、初動での解像度の違いは明白でした。私たちは移転の専門家ではないため、言語化が難しい場面でも、ビジュアルで要望を伝えることが誤解や間違いを防ぐことにもつながったと思います。
Matterportによる空間の可視化
3Dオフィスデザイナーをより便利に活用するため、富田商事様はMatterport(マターポート)の活用を提案してくれました。Matterportとは建物や空間を3Dでスキャンし、デジタルツインとして活用できるプラットフォームです。
専用の3Dカメラで新オフィスを撮影してくれたことで、その都度、現地に足を運ばなくても詳細な空間把握ができるようになりました。「バーチャルツアー機能」により、移転委員会のメンバー全員が同じ空間イメージを共有できるだけでなく、コンセントの位置や既設パーティションの詳細な寸法も、離れた場所にいても画面で確認できるようになりました。
このMatterportの画像データを3Dオフィスデザイナーに取り込めば、そのままレイアウト図面の検討や3Dパースの制作もスムーズになるため、3Dで画面を確認しながら検討を進めたいという要望をかなえるには最適な組み合わせだと言えるでしょう。今回も確認に行く手間が省けただけでなく、レイアウト検討の精度も向上しました。
8月から6月へ2ヶ月の前倒し!?
当初の計画は、メガソフトの決算月である8月までの移転完了が必須条件でした。しかし思いのほか、早期に新オフィスが見つかり、契約開始までスムーズに進んだことから、少しでも早く快適なオフィスで業務を行えるよう移転時期を6月に前倒しすることになりました。
通常の移転スケジュールを考慮すると、よりタイトな日程となったことは間違いありません。富田商事様からも「なんとかします…!」という前向きな返事がありましたが、工程短縮の難所と考えられていたのがB工事にかかる期間でした。
A・B・C工事の違いとは?
- ● A工事 … ビルの外装や共用部分など。通常、移転の入居時にはほぼ関係がない。
- ● B工事 … テナントの専用区画でも壁や空調などビルの構造躯体と関連の深い工事。
- ● C工事 … 入居者が実施する細かな内装工事。
B工事業者は、ビルオーナーや管理会社によって指定されることが多くあります。そのため、富田商事様とは別個に、B工事を行う業者様に対してもメガソフトから工期の短縮について依頼を行いました。
その結果、当初より相当期間の短縮を了承いただきました。さらにC工事をはじめ移転に関わるB工事以外の工程を一貫して担当した富田商事様が、あらゆる工程を見直していただいた効果は計り知れません。こうした小さな努力の積み重ねによって、更なる2ヶ月ものスケジュールの前倒しにつながりました。
自らの行動が引き寄せた居抜き退去という幸運
今回の移転プロジェクトで最も大きな追い風となったのは、当初は誰も予想できなかった旧オフィスから居抜き退去を実現できたことでした。通常、オフィス退去時には原状回復が必要と取り決められており、退去時には相当な費用がかかります。
インターネットで調べているうちに、居抜き退去という選択肢があることを知った移転委員会のメンバーは、当初だめもとで旧オフィスの不動産管理会社に相談しました。しかし、ビルでの前例がないことや契約手続きの変更が複雑となることから、難色を示されます。
それでも今回の新オフィスが居抜きで入居できたように、居抜き入居によって初期費用を抑えようと考えるテナントはいるはずです。
そこで移転委員会のメンバーは、
- 居抜き退去を専門とするコンサルタントを見つけて相談
- 次の入居が早まるため、オーナーにとってもメリットがあると提案
- 居抜きでの入居を希望するテナント募集を働きかけた
結果的に名乗り出たのは、同じビルで他のフロアを借りている既存テナントでした。他の拠点を統合してフロアを拡張したいと考えていたそうです。早期に入居希望企業があらわれ、内見もスムーズに終わり、とんとん拍子に話が進みました。管理会社は「そんな簡単には入居者が見つからない」と話していましたが、実は身近なところにニーズが潜んでいたわけです。
メガソフトとしては、廃棄や原状復帰にかかる工数やコストを抑えられます。まだ使えるものを廃棄しないことは、環境への負荷を軽減する点でも有効です。
希望者の手があがったこと自体、とても幸運なことでした。どの企業でも必ずうまくいく作戦とは言えません。ただ、単なるラッキーが起こったのではなく、自らあらゆる可能性を考えて、積極的に働きかけた結果だったと思います。
快適性の追求
サウンドマスキングシステム導入
工期の短縮や居抜き退去によって、当初組まれていた予算からかなりのコストを削減することできました。その残予算の一部は、かねてから検討されていたサウンドマスキングシステムの導入に充てられました。しかし、この設備導入には社内で大きな議論がありました。
サウンドマスキングシステム
「サウンドマスク」とは、音を覆い隠すことを指す。人の声や鳥のさえずりなどを素材にした合成音をスピーカーから流して会話内容をカモフラージュする。声は聞こえているが、内容までは把握しにくい環境を作り出すもの。
以前から、
「集中して作業したい」
「電話の声が気になる」
「周りの会話が電話相手に聞こえてしまう」
という声が社員から上がっていました。
一方で「営業の商談内容や電話での会話は、開発部の社員にとっても貴重な情報源だ。音をかき消すのは逆効果」といった指摘もあり、それなりの費用もかかることから、幾度となく提案が却下されていたのです。
しかし、移転委員会メンバーがショールームで実際にYAMAHAのサウンドマスキングを体験したことで「電話の内容は聞こえても、気にならない」様子を実感できました。
すでに商談用の個室ブースが設置されるなど、以前よりも音の快適性が確保されていましたが、メガソフトにとって働きやすさの追求はとても優先度の高い事項です。目に見えにくい効果だからこそ、実体験したことによって「ぜひ導入したい」という声は大きくなりました。
現在、就業時間中のオフィスでは、かすかな波の音や鳥のさえずりがいつも聞こえてきます。シーンとした静寂空間と比べると、周囲と気兼ねなく話しやすくなったといった声もあがっており、より一層、スタッフが業務に集中できるようになりました。
細部への徹底したこだわり
働きやすさの追求は、家具や設備の細かな選定にも及びました。ここで中心的な役割を果たしたのも、総務部に所属する移転委員会メンバーの一人です。デザイナーでもあることから、その能力がフルに発揮されました。
小物からサイン一点に至るまで全てのアイテムにこだわり、休日を利用して各メーカーのショールームを巡り、実際に触って確かめながら選定を進めました。
落ち着きがあって重厚感のある空間とは言っても、暗い印象を与えるのはマイナスですからね。カーペットなど既存設備や備品との調和も考えました。考えることは膨大でしたが、正直に言って、楽しかったですね(笑)
目に見える箇所だけではなく、書類やカタログがストックされる倉庫にも細かな工夫が現れています。書類を平面で置くスペースを設計して、棚と棚の間隔を狭めることで空間を余すことなく使えるようにしました。
こうした細か過ぎるほどのこだわりは、熱意として協力会社にも伝わりました。富田商事様の「ここまで細部にこだわりを持ったお客様は珍しい」という言葉に、緻密な設計力が現れているのではないでしょうか。
すべての道筋が見えてきた瞬間
居抜き退去の成立、サウンドマスキングシステムの導入決定、家具選定の完了。スケジュールに追われながらも、急ピッチですべての準備が進んでいきます。予算内で、当初の希望をほぼすべて実現できる目処が立ち、あとは予定通り移転を実行するだけ。
しかし、実行段階では、想定できなかった課題も待ち受けていました。業者任せにせず、最後まで主体的にプロジェクトを管理することの重要性を、移転委員会のメンバーたちは身をもって学ぶことになります
おさらい
理想の実現に向けて重要なポイント
- 社内にいる適性をもったメンバーが関わることの意味
- 3Dオフィスデザイナーという共通言語によるコミュニケーション
- 自ら積極的に行動することが思わぬ幸運を引き寄せる
- 細部へのこだわりが全体のクオリティを押し上げる
- 妥協しない姿勢は、協力会社のモチベーション向上にもつながる
次章では、移転実行段階で直面した課題、それをどう乗り切ったのかなど、移転実行時に陥りがちなさまざまな課題に焦点をあてます。
3Dオフィスデザイナー
本プロジェクトで活用した自社製品「3Dオフィスデザイナー」は、オフィスレイアウトを簡単に3D化できるソフトウェアです。VRでの体験機能や実寸表示により、オフィス移転前に空間を体感することができます。
- 素早いレイアウト作成
- VR体験機能
- 豊富な家具ライブラリ
- 実寸表示と空間検証